岐阜県養老郡養老町にある「養老天命反転地(ようろうてんめいはんてんち)」は、一度訪れると忘れがたい不思議な体験ができる場所として知られています。この施設は、現代美術家の荒川修作氏と詩人で哲学者のマドリン・ギンズ氏によって構想され、1995年に開園しました。彼らの思想には「人間は死なないためにどう生きるべきか」という大胆な問いが根底にあり、それを表現する手段としてこの空間が生まれたのです。従来の公園や美術館の概念を超え、訪れる人に身体感覚やバランス感覚を問う、まさに一種の実験的な空間と言えるでしょう。
園内に足を踏み入れると、まず地面が平らでないことに気づきます。地形は意図的に不安定に設計されており、斜面や凹凸、迷路のような通路が広がっています。建物も直線ではなく、斜めに傾いていたり、内部に家具のようなオブジェが混在していたりと、常識的な建築の概念から外れた造りになっています。そのため、歩くという何気ない行動すらも注意深く行わなければならず、自分の身体と向き合うことを強いられます。こうした仕掛けの数々は、私たちが普段どれほど「安全な地面」や「まっすぐな壁」に依存して生活しているかを実感させてくれます。
代表的なエリアのひとつに「楕円形のフィールド」があり、その内部には「死なないための家」と名づけられた建物が点在しています。それぞれの構造物には、人間の認識を揺さぶるような視覚的トリックや物理的な不安定さが組み込まれており、訪れた人は自然と自分の思考や感覚に集中することになります。また、公園全体が巨大なアート作品でもあるため、ただ見て楽しむだけでなく、自らがその一部となって体験することが求められるのです。
この地はもともと養老の滝で知られる自然豊かな地域であり、古くから健康や長寿と縁のある土地柄でした。そのような背景の中に、現代的で前衛的な思想が融合し、養老町に唯一無二の文化的空間が出現したのです。年齢や国籍を問わず、誰もが自分の身体と意識の在り方について考えさせられるこの場所は、単なる観光スポットというよりも、自らと対話するための舞台のような存在と言えるでしょう。
養老天命反転地(岐阜県)

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