豊島(香川県)

 香川県土庄町に属する豊島は、直島と小豆島の間に浮かぶ、穏やかな瀬戸内海に抱かれた小さな島です。人口は約700人と限られていますが、この島には静けさの中に息づく力強さと、訪れる人々を優しく包み込むような温もりが漂っています。島の中央にそびえる檀山は原生林に覆われ、登頂すれば360度の大パノラマが広がり、空と海と大地の境界が溶け合うような光景に出会えます。その景色は、まるで時間が止まったかのような安らぎを与えてくれます。
 かつては漁業や農業、酪農が島の暮らしを支えており、「食の豊かな島」として知られていました。しかし都市への人口流出や経済の変化により、一時は多くの田畑が耕作をやめ、人の手が入らなくなってしまった時期もありました。そうした中、2010年から始まった瀬戸内国際芸術祭が新たな光をもたらしました。唐櫃地区では長らく眠っていた棚田が見事に再生され、季節ごとの色合いに彩られた田の風景が、訪れる人々の心を静かに揺さぶります。水をたたえた田面に沈む夕日や、夜の月明かりが映る様子は、まるで自然が描く一幅の絵画のようです。
 この棚田の傾斜に沿って進んだ先に現れるのが、豊島美術館です。その建物はまるで地面から湧き上がった水滴のような柔らかな曲線を描き、外観からすでに周囲の自然と調和するように設計されています。中に入ると、天井には大きな開口部があり、そこから差し込む光や風が、建物の中に動きをもたらします。白い空間の床には、常に「泉」と呼ばれる水の粒が生まれては流れ、また消えていきます。人工物でありながら、自然の鼓動をそのまま映し出しているかのような体験は、訪れる人々の感覚を研ぎ澄ませ、時間の流れさえも忘れさせてくれます。
 豊島は、過去と未来が静かに交差する場所です。土庄町の中でもとりわけ人と自然、そして創造が共に生きるこの島では、日常では味わえない豊かさに満ちたひとときを過ごすことができます。

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