徳島県の中部に位置する美馬市には、「恋人峠」と呼ばれる心に残る場所があります。この峠には、遠い昔の物語が静かに息づいており、今もなお多くの人々の想いを引き寄せています。屋島の戦で敗れた平家の若き武将が、剣山の奥深くへと身を隠す道を選びました。その後を必死に追いかけた一人の娘は、険しい山々に阻まれながらも想いのままに進みましたが、ついにたどり着くことはできず、この峠で彼との別れを受け入れ、涙を流しながら袖を振ったと伝えられています。
現在では、その切ない物語にちなんで、ここは恋の成就を願う場所として多くの人が訪れています。道沿いのフェンスには、恋人同士が願いを込めてかけた無数の南京錠が並んでおり、それぞれの想いが形となって残されています。「ここで二人の願いが永遠に結ばれる」という言い伝えを信じて、大切な人と共に訪れる方が後を絶ちません。南京錠のひとつひとつが、それぞれの物語を背負っているかのようで、静かな中にも温かなぬくもりが感じられます。
周囲には手つかずの自然が広がり、四季折々の風景が訪れる人々の目を楽しませてくれます。春には新緑、夏には深い緑陰、秋には鮮やかな紅葉、冬には霧に包まれた幻想的な情景が広がります。峠からは遠くの山並みも望め、自然の豊かさと人の心が交差するひとときに身をゆだねることができます。
なお、公共交通機関を利用して恋人峠に向かう際は、注意が必要です。JR穴吹駅からバスを利用する場合、「恋人峠」という名前のバス停がありますが、実際に目的地に近いのは「恋人橋」というバス停となっていますので、間違えないようにしてください。地元の方々も親切に案内してくれることが多く、初めて訪れる方にも安心して訪れていただける場所です。恋の願いを胸に、美馬市のこの峠で静かに時を過ごしてみてはいかがでしょうか。
恋人峠(徳島県)
