切幡寺は、徳島県阿波市市場町切幡にある古刹で、四国遍路において第十番札所として多くの巡礼者を迎えてきました。阿波平野を見渡す山の中腹に位置し、里の暮らしと山の静けさがほどよく溶け合った環境にあります。参道に足を踏み入れると、日常から少し距離を置いた穏やかな時間が流れ、旅人の心を自然と落ち着かせてくれます。
この寺の名は、弘法大師空海にまつわる機織り娘の物語に由来しています。各地を巡っていた大師が、ほころびた僧衣を繕うため布切れを求めたところ、機を織っていた娘が、織りかけの布をためらうことなく切り取り差し出したと伝えられています。その清らかな心に深く感じ入った大師が千手観音像を刻み、灌頂を授けると、娘はそのまま観音菩薩の姿に変わったとされます。この伝説は、施しの尊さと信仰の力を象徴するものとして、今も人々に語り継がれています。
境内へ向かうには、急な石段を一段一段登っていく必要があります。息を整えながら進む道中では、木々の間を渡る風や鳥の声が耳に心地よく、歩みそのものが心を清める行いのように感じられます。季節ごとに移ろう自然の表情も豊かで、春の若葉や秋の紅葉が参拝の思い出を彩ります。
石段を登り切った先に立つ本堂や大師堂は、華美さを抑えた落ち着いた雰囲気を湛えています。静かな空間で手を合わせると、機織り娘の純粋な思いと、それに応えた大師の慈悲が心に重なり、深い安らぎを覚えます。切幡寺は、阿波市の自然と人々の信仰が息づく場所として、四国遍路の旅に忘れがたい印象を残すお寺です。
切幡寺(徳島県)
マップの散歩道