春日集落/安満岳(長崎県)

 長崎県平戸市に位置する春日集落は、静かな山あいにひっそりと広がる小さな集落で、外界から隔絶されたような雰囲気を持っています。この地は、江戸時代の禁教下においてもなお、信仰を密かに守り続けた人々の暮らしが色濃く残されている場所として知られています。春日集落では、教会堂や十字架といった分かりやすい信仰の象徴は見当たりません。その代わりに、自然の風景や土地の中に、人々が信仰を託した痕跡を感じることができます。
 たとえば、集落の人々は近隣にそびえる安満岳(やすまんだけ)を信仰の対象としてきました。この山は標高536メートルほどの高さで、春日の人々にとっては特別な意味を持つ存在でした。山そのものが祈りの場となり、頂に向かう登山道には、数百年にわたって踏み固められた足跡が今も続いています。森の静寂に包まれながら山頂を目指すと、視界が一気に開け、海や周囲の島々を見渡せる絶景に出会います。その風景の中に、彼らが心を寄せていた信仰の深さを感じ取ることができます。
 また、春日集落のすぐ沖合に浮かぶ中江ノ島は、厳しい取り締まりのなかで命を落とした信者たちが祈りを捧げた島であり、平戸藩によって殉教地ともなった場所です。現在も島に渡ることは原則として禁止されていますが、春日から望むその姿は、信仰の証として今も地域の人々の記憶に刻まれています。
 春日集落の暮らしには、農作業や漁業といった日常の営みに深く結びついた祈りの形がありました。外からは一見普通の村のように見えながらも、地域のしきたりや祈りの言葉、年中行事のなかにキリスト教的な要素が巧妙に織り込まれていたのです。これらの生活習慣は、外部の目をごまかすためであると同時に、信仰を次世代へと受け継ぐ知恵でもありました。
 現在、春日集落や安満岳、中江ノ島などは、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の一部として世界遺産に登録されており、訪れる人々に静かな感動を与えています。平戸市を訪れた際には、ぜひ春日集落を歩き、風にそよぐ竹林の音や山の清らかな空気に包まれながら、静かに語りかけてくる土地の記憶に耳を傾けてみてください。