和歌山県東牟婁郡那智勝浦町に位置する忘帰洞は、太平洋の波音が響き渡る海辺の温泉地にあります。この地は、洞窟の中に湧き出る天然の温泉として知られ、まるで自然と一体になるような体験ができる場所です。洞窟の中に湯船が設けられており、岩肌からは蒸気が立ち上り、身体を包み込むように温かさが広がります。その空間には照明が抑えられており、光と影が織りなす幻想的な雰囲気に、時間の感覚がゆるやかになっていくのを感じます。
外の海とはわずかな距離で、波が岩場に打ち寄せる音が湯に浸かりながら耳に届きます。特に朝焼けや夕暮れ時は格別で、岩の隙間から差し込む太陽の光が湯面に反射し、金色や朱色の光が天井や壁を彩ります。このような光景に包まれていると、日常の喧騒や時間の流れさえも忘れてしまいそうになります。実際に「帰るのを忘れるほどの心地よさ」と言われる所以が、名前にも表れております。
この洞窟の温泉は、ホテル浦島の敷地内にあり、宿泊者が専用に利用できる特別な空間です。ホテル自体が岬の先端に位置しており、館内にはいくつかの温泉施設がありますが、中でもこの洞窟の湯は別格とされています。地熱で温められた湯は無色透明で肌当たりがやわらかく、湯冷めしにくいのが特徴です。潮風を感じながら身体をゆっくり温めていると、海の香りとともに深い安らぎに包まれます。
那智勝浦町は漁港としても知られ、訪れる人々は新鮮な海の幸も楽しむことができます。温泉で心身を癒した後に、地元で水揚げされたマグロを味わうのも格別の楽しみです。また、周辺には熊野古道や那智の滝といった名所もあり、自然や文化にふれながら旅の疲れを忘れるひとときを過ごすには最適な地といえるでしょう。忘帰洞は、ただ湯に浸かるだけでなく、海と大地の力を感じながら、自分自身を見つめ直すような時間が流れる、そんな場所なのです。
忘帰洞(和歌山県)

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