坊ちゃん列車(愛媛県)

 松山市を訪れると、街の中心部をゆっくりと走るユニークな列車が目にとまります。それが「坊ちゃん列車」です。レトロな姿が印象的なこの列車は、明治時代に実際に使用されていた蒸気機関車を模して再現されたもので、現在は伊予鉄道によって運行されています。小説『坊っちゃん』で知られる夏目漱石が松山で教鞭を執っていたことにちなみ、その名がつけられました。
 この列車は松山市駅を起点に道後温泉駅や古町駅方面へと走り、乗るだけでまるで明治時代にタイムスリップしたかのような気分を味わえます。外観はもちろんのこと、車内も当時の雰囲気を再現する木製の座席やランプ風の照明が設置されており、旅情を深めてくれます。運転士の制服やベルの音など、細部にもこだわりが感じられ、鉄道ファンでなくとも思わずカメラを向けたくなる魅力があります。
 また、坊ちゃん列車は現在ディーゼルエンジンで動いていますが、蒸気機関車時代の構造を忠実に再現しており、煙突からは白い蒸気のような演出も施されています。道後温泉駅に停車中には、列車の方向を変えるために人力で車体を回転させる作業が行われ、その様子を見学できるのも大きな楽しみのひとつです。作業員が手押しで列車を回す場面は、現代ではなかなか見ることができない光景で、多くの観光客が足を止めて見入っています。
 松山市内を走る電車の中で、坊ちゃん列車はひときわ目立つ存在です。都市の交通手段でありながら、文化と伝統の香りを色濃く残しており、松山の風景にしっくりと溶け込んでいます。道後温泉へ向かう途中、車窓から眺める松山の街並みは、現代と昔が交差する独特の趣があります。のんびりと揺られながら移動するその時間は、単なる移動ではなく、一つの特別な体験として記憶に残ることでしょう。
 松山市を訪れた際には、ぜひこの列車に乗って、明治の息吹を今に感じてみてください。町を走る姿を眺めるだけでも楽しめますが、乗車すればさらに深く松山の空気を味わうことができます。

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