石川県金沢市にある主計町(かずえまち)茶屋街は、風情ある古い街並みが今もなお色濃く残る、落ち着いた雰囲気の一角です。浅野川のほとりに位置し、対岸のひがし茶屋街と並んで、金沢を代表する伝統的な花街のひとつとされています。江戸時代の後期、この地は武家屋敷の町として栄えましたが、やがて芸妓たちが集う場所となり、三味線や舞といった伝統芸能が盛んに披露されるようになりました。「主計町」という名称は、加賀藩士であった富田主計に由来し、その名を冠したこの場所は、金沢の歴史と文化の粋を今に伝えています。
石畳の細い路地に沿って建ち並ぶ茶屋の建物は、格子戸や紅殻格子(べんがらごうし)と呼ばれる独特の意匠が特徴で、外観からも趣深い情緒を感じ取ることができます。昼間は静かな佇まいの中に昔ながらの町家の姿が広がり、夜になると、時折お座敷から三味線の音がかすかに聞こえてくるような、まるで時が止まったかのような情景に包まれます。また、夕暮れ時の浅野川沿いを歩けば、対岸に映る町家の灯りが水面に揺らぎ、まるで絵画のような美しさに心を奪われることでしょう。
主計町には「暗がり坂」や「久保市乙剣宮(くぼいちおとつるぎぐう)」といった静かな名所も点在しており、それぞれに物語や伝承が息づいています。「暗がり坂」は、その名のとおり薄暗く、かつては人目を避けて芸妓が通ったといわれる坂道で、現在もどこか秘めやかな空気を漂わせています。こうした小径をそぞろ歩きながら、往時の情景に思いを馳せるのも、この町ならではの楽しみ方といえるでしょう。
近年は町家を改装したカフェや甘味処、和雑貨店なども増え、伝統と現代が調和する新たな魅力も生まれています。しかしながら、その静けさと落ち着きは保たれており、訪れる人々をゆったりとした時間の流れへと誘ってくれます。金沢市の中心にありながら、喧騒とは無縁のこの場所で、金沢ならではの風雅に触れるひとときを過ごしてみてはいかがでしょうか。
主計町茶屋街(石川県)

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